ボワイエ先生はそして私にその状況を説明をして
くれました。
「このままでは赤ちゃんが危ないかもしれません。」
「セザリアンをします。」と
私はこのフランス語の意味が分かりませんでした
が、先生が切る仕草をしたので帝王切開ではない
のかと想像しました。
えっ!帝王切開・・。
なぜ最後の最後にまたこんなことが・・。
まるで映画の「ターミネーター」のようにこれでもか、
これでもかとほっと安心した私たちに襲いかかって
くるかのようです。
妻の周辺では3人ほどの看護婦さんが手術の準備
に取りかかっていました。
そして私は部屋からすぐに出るように言われました。
へその緒を切るつもりで幸せ気分の絶頂からいっき
に奈落の底へ落とされたような気分でした。
なぜかこの時日本語で今から目の前で何が行われ
るのかを正確に知りたいと思ったのでした・・。

私が分娩室を出てから30分ほどたったでしょうか?
真央の担当医のバカッシュ先生が私の姿を見つけ、
(この先生はこの病院で産まれた子供のケアをして
います)
「ムッシュ、無事かわいい赤ちゃんが産まれましたよ」
「もちろんマダムも大丈夫だよ」と教えてくれました。
妻も赤ちゃんも本当にどうなるのかと思っていたので
バカッシュ先生のこの言葉は本当にありがたかった。
先生が
「赤ちゃんはそこにいるから」と指差した方向へ私は
「やったー」と小躍りしながら向かって行きました。
そしてこの目の前にいる赤ちゃんを見て
「よくがんばったな」と声をかけました。
4月22日10時50分、長男誕生の瞬間でした。
2月17日の入院から2ヶ月たっていました。

毎週土曜日はマルシェ(朝市)が市庁舎の裏で開かれる。一区画ずつ野菜や果物、鶏のブロイラー、生きた鶏やウサギ(ペットというより食用らしい)なども売っている。日本では見たことがないような大きなピーマンやきゅうり、マシュマロや朝鮮あざみ、小さくて赤い美味なラビッシュ(百日大根)などどれも見ていてあきない。また季節によって果物もチェリーや桃などおいしいものばかり。秋には狩で獲れた野生の動物(ジビエ)でキジや野うさぎなどがそのままの姿で店のテントに吊り下げられている。こんなマルシェで同じような店がたくさんあるのですが、不思議なことに毎週見ていくうちに、自分のお気に入り、行きつけの店ができてくる。こちらに来たばかりの頃、妻がたくさんのりんごを買ってきた。『どうしたのそんなにたくさんのりんごを買い込んで?』とたずねた私に、妻いわく『4個の意味でキャトル(4)と言ったら、4キロもくれたの・・・。』
マルシェで買い物をした後の楽しみは、冬の11月から3月初めまでは、カフェの前で生牡蠣を行商が店を構えて売っていて、好みの牡蠣を選ぶと、ナイフで器用に、殻を開けてくれて、カフェの店の中に持ってきてくれる。もちろん持ち帰りもできる。大きさにもよるが12個で1500円から2000円くらいである。白ワインと一緒に食すと最高だ。生レモンをぎゅっと絞って生牡蠣にかけると牡蠣が反応して身がしまる。それとどういうわけか、黒パンとバターがついてくる。牡蠣に合うとも思えないようなこの組み合わせがなぜか絶妙でフランス的だともいえる。土曜日の昼にこれを味わってほろ酔い加減で家に戻っていくのが極上の楽しみでもあった。
3月が過ぎると牡蠣の行商も店をたたみ、カフェのお店も普通の喫茶店となる。それでも私はマルシェの後はコーヒーを飲みに立ち寄る。こちらのコーヒーはいわゆる小さなカップのエスプレッソである。アロマで泡立っており非常においしい。こんな濃いコーヒーなんて飲めるのかなと思ったけどブラックでも飲みやすい。いつも薄いビターチョコがつくのでそれと一緒に飲むと余計おいしく感じる。店の人に(若いウェイトレスでも)マダムと呼びかけ(結婚しているかどうかわからない場合マダムのほうが1人前の女性として失礼にあたらないので)『アン・カフェ、シィルヴープレ(コーヒーをお願いします)』と頼む。もちろん店の中は禁煙と喫煙のエリアに分かれている。そういえばこちらではアイスコーヒーなるものがない。きっとこちらの感覚ではコーヒーを冷たくして飲むなんて飲み物として邪道として思っているのではないだろうか。ヨーロッパではギリシャに行ったときに初めてアイスコーヒーにお目にかかったが、その1回だけであった。
フランスは日本の面積の2倍で人口は半分の5千万人。ということは人口密度は日本の4分の1といえる。イメージはスケールを大きくした北海道のような感じだ。札幌だけが別格であるように、フランスもパリだけが別格である。それ以外はほとんど見渡す限りの畑で、車で走っても町と町の間は何もない。一般の道路で80キロ制限なので、100キロ以上で飛ばしている車もある。そして町長がいるこの町はコミューンと言われ3万ほどあると言われている。ほとんど人気がないような町でもパリと同格のコミューンなのだ。大きな町になると中心にその町の権威を示す大きな教会(バジリク)がある。そして市庁舎(オテル・ド・ヴィル、Hotel de vill、ホテルと勘違いしやすいがHotelとは庁舎の意味)と大広場がある。見知らぬ町へいく場合は、ほとんどこの辺を目指していけば、町の中心に来たことになる。私の住んでいたサンカンタンも広場を囲むようにして市庁舎、劇場、レストラン、銀行、クリーニング屋、本屋などがあった。そんな店をぶらっとするのも好きだった。
着任した頃は、家族が3ヵ月後に来るので、休みのたびにフランス料理に慣れようとレストランに行った。しかしメニューはフランス語、しかも手書きのものは、字に癖がありすぎてまったく読めない。あてずっぽで何が出てくるかどきどきしながら注文した。定食はムニュ(MENU)といい、メニューはカルトである。通常食前酒を頼みながらメインを決める。定食ならサラダかスープの前菜、メインに肉か魚、デザート、そして最後にチーズを食べたらコーヒー。ワインはメインに合わせて注文し、チーズで赤ワインを頼んだりする。いずれにしても、日本人が想像するフランス料理と違い、やたら量が多い。日本人の言うフランス料理は日本食でいうと京都料理のようなものかもしれない。おしゃれでちょっとずつ出てくるものもあるが、それはヌーベル・キュイジーヌといって新進的で高級レストランなどで食べられる。レストランのランクは有名なものはあのタイヤで有名なミシュランが出している赤本。
最高3星(パリでも数軒)、1つ星でも店にとって名誉であり、1人飲み物込みで1万円くらいの予算になる。その分、店の雰囲気、接客、料理、ワインの質、どれをとっても申し分ない。結局分かったことはフランス料理は1人で行くにはあまりにも退屈(2時間くらい要する)で
料理も結局、分からない状態で行っても何を頼んだのか分からないので
まったく学習効果にならないことだった・・・。
最高3星(パリでも数軒)、1つ星でも店にとって名誉であり、1人飲み物込みで1万円くらいの予算になる。その分、店の雰囲気、接客、料理、ワインの質、どれをとっても申し分ない。結局分かったことはフランス料理は1人で行くにはあまりにも退屈(2時間くらい要する)で
料理も結局、分からない状態で行っても何を頼んだのか分からないので
まったく学習効果にならないことだった・・・。
こちらに来てのエチケットで感心したのは、ドアで開けたら、次の人が来ないか確認し、来るようなら開けて来るまで待っているのである。もちろん待ってもらった人は一言『メルシー』とお礼を言う。日本のように自動ドアが少なく、押したり、引いたりするドアが多いので、尚更この習慣は大切だ。時々日本でも押して開けるドアがあるが次の人が来ることはあまり気にせずにいってしまう。またこちらのエレベーターは開閉のうち開くボタンはあるが、閉めるボタンがない。日本人のようにせっかちでないらしい。乗りたい人が、急に来たときに開けられるようになっているが、閉めるのは乗ろうとした人がいたら危ないし、そんなに閉めるボタンを押すほど急ぐ必要もないのである。
フランスパンは固いものだと思っていた。最近の日本でもフランスパンがおいしいものが出てきて満足できるものがあるが、フランスでは毎日3回ほど焼きたてのフランスパンがパン屋で売られる。それはあったかくて柔らかい美味である。しかも100円にも満たない安さである。聞くところによると政府が半分援助しているそうだ。自分が子供の頃知っていたあの固いフランスパンは、フランス人からすればフランスパンではないようだ。作ってから、2、3日たったもう池に行って鴨や白鳥にあげる捨てるようなパンということをはじめて知った・・・。
朝、会社ではじめて合うときはボンジュールと言いながら握手する。
自分より先に来ている人の席に行ってこの儀式を行なわなければならない。日本のように『おはようございます』と職場で言って終わるのと訳が違い、少し骨が折れる。個人主義と言いながらも結構人との挨拶は丁寧なのだと感心する。もちろん挨拶はボンジュールが基本であるが、仲がよければサバ?(元気?How are youの意)と会話が続く。午後人事部長と会った。彼は最近英語を習っている。賃金の1.5%以上は研修費に充てなければならないという国の決まりがあるそうだ。それで皆、仕事中に研修をしている。希望すれば英語だけでなくイタリア語やドイツ語なども習っている人もいる。話は戻して、彼が私に向かって『グッドモーニング』と言った。ふざけていると思ったら真顔である。『グッドアフタヌーンの間違いだよね』と教えてあげると、『フランス語は朝も昼もボンジュールであり、英語もそういう理屈にたてば昼でもグッドモーニングでいいのだ。』と・・・。
自分より先に来ている人の席に行ってこの儀式を行なわなければならない。日本のように『おはようございます』と職場で言って終わるのと訳が違い、少し骨が折れる。個人主義と言いながらも結構人との挨拶は丁寧なのだと感心する。もちろん挨拶はボンジュールが基本であるが、仲がよければサバ?(元気?How are youの意)と会話が続く。午後人事部長と会った。彼は最近英語を習っている。賃金の1.5%以上は研修費に充てなければならないという国の決まりがあるそうだ。それで皆、仕事中に研修をしている。希望すれば英語だけでなくイタリア語やドイツ語なども習っている人もいる。話は戻して、彼が私に向かって『グッドモーニング』と言った。ふざけていると思ったら真顔である。『グッドアフタヌーンの間違いだよね』と教えてあげると、『フランス語は朝も昼もボンジュールであり、英語もそういう理屈にたてば昼でもグッドモーニングでいいのだ。』と・・・。
フランス語の発音は難しい。日本で出版されているカタカナがふったテキストで勉強した後にフランス語を聞いたときはまったく面くらった。
クリーニング屋で出来上がりの曜日を言ったと思われるのに自分の想定の中にない言葉のように聞こえた。特にR行の発音は、英語に慣れている我々はいったんそれらを忘れることをお勧めする。どちらかというと
ハ行で発音したほうが通じやすい。FRANCEはフランスでなくフハンスとか食前酒でカシスをシャンパンで割ったKIR・ROYALをキール・ロワイヤルでなくキーフ・ホワイヤルなど。それにしてもマクドナルドでミネラル水をエビアンとあえてブランド名で言ったら、朝なのにビールが出てきてしまったのには目が点になってしまった・・・。
クリーニング屋で出来上がりの曜日を言ったと思われるのに自分の想定の中にない言葉のように聞こえた。特にR行の発音は、英語に慣れている我々はいったんそれらを忘れることをお勧めする。どちらかというと
ハ行で発音したほうが通じやすい。FRANCEはフランスでなくフハンスとか食前酒でカシスをシャンパンで割ったKIR・ROYALをキール・ロワイヤルでなくキーフ・ホワイヤルなど。それにしてもマクドナルドでミネラル水をエビアンとあえてブランド名で言ったら、朝なのにビールが出てきてしまったのには目が点になってしまった・・・。
フランスでは昼間でも外食ではお酒を飲む場合がある。当然、日本なら飲酒運転となってしまう。しかしこちらのフランスでは、コップ2杯までならOK。本当は酒気量が定められているが、わかりやすいようにワインでもビールでも2杯と警察署の壁にポスターが貼ってある。飲むなとは言わない。ただし2杯までだというのはいかにもフランス人らしい主張である。昼間でも飲酒の風船をやらせる取り締まりがあるくらいだから相当飲む人間もいるのだろう・・・。
フランス人の女性の名前の最後はeやneで終わる名前が多い。日本の女性の名前で花子のような子にあたるような感じかもしれない。クリスチーヌ、マリアンヌ、エブリーヌ、ベロニク、ドミニク、ジネット。ああなんと良い響きではないか。しかし事務所で見る彼女たちはそんなイメージとは程遠いおばちゃん達である・・・。また名字はまったく聞きなれない発音が難しい響きである。ドミニク・ゴボーとかドミニク・ビギエーとか。まったくフランスの華麗さとは違いすぎる。また英国名のチャールズがフランス名ではシャルル、ドイツ名ではカールの発音となる。
なるほどね。
なるほどね。
フランス女性はアメリカ人やドイツ人のように大柄でない。どちらかと言えば小柄なので、日本人と似たような感じである。髪はマロン(栗毛)で、瞳の色も薄いブルー。日本人が抱くような目がパッチリした金髪美人と言う感じの人はあまりみかけない。日本から働く女性の調査と言うことで調査団が来たとき、インタビューに応じたほとんどの女性は離婚していた。フランスではごく普通のこととして話していたことが印象深い。別れた旦那や子供にも気兼ねなく普段会っているそうだ。同棲も法的に夫婦と認められ税の恩典が受けられる。政府は働く女性の支援として、保育園を準備し、安い出費で預けることができるようにしている。ラテン系なので男はいい加減であるせいか、経理などの職場では女性が課長で男性が部下という光景も珍しくないのであった!?。
こちらのイチゴ狩りはスケールが大きい。一面の大きな畑に、大きなイチゴがなっている。日本の大きなイチゴよりもっと大きい。しかし甘くはない。また木イチゴやチェリーなどの木もある。日本のイチゴ狩りのように場所を決められるとストレスがたまるが、こちらのようにあまりにも広いと食べ飽きてしまう。ふと周りを見ると皆黙々と摘んで誰1人イチゴを食べている人がいないことに気がついた。おかしいな?口の周りを真っ赤にしているのは我々家族だけだった・・・。後で分かったことだが、こちらのイチゴ狩りはジャムにするためであって、日本のようにその場で食べる習慣はないようだ。せめて試食の1粒、2粒は良いとしても、量り売りで持ち帰るのだそうだ。今思うと変な外人と思われていたかもしれない!?
もちろん、パソコンの数字やローマ字はまったく我々の使っている文字と同じなのに手書きとなるとまったくもって読めない。幼稚園から娘が持ち帰る連絡事項は解読不能に近い。フランス語が理解できない以前の問題である。特に数字で言えば1や4、7は日本と違う。ローマ字はrやmやnがミミズのごとく紙の上を這っているのである。読めない、話せない、聞けない私はヘレンケラーの3重苦を経験した思いがしたのであった・・・。
年に2度ほど職場のフランス人との食事会がある。もちろんフランス料理レストランである。上品に前菜(アントレ)から始まり、メインディッシュ、食後のデザートへ移ってゆく。いつしか場も和み、どういう訳か誰かが持ってきたラジカセでディスコミュージックがかかり、ダンスが始まる。さすがラテン系ののりである。しだいにおばちゃんたちはエスカレートし、席につきながら『ジャンポール、シャツを脱ぎなさい!』『胸毛を見せなさい』『このテーブルの上で踊りなさい』と命令がとぶ。男どもはそれに服従するのみ状態。恐ろしい一夜でした・・・。
フランスに来て、空港に降り立った時から、わー外国人ばかりだーと思った。しかしこの町に暮らすようになって、逆に自分が外国人として見られていることに気がつく。とくに田舎のこの町では東洋人や黒人は珍しい。時々、フランス人の子供に『シノア(中国人)』と指を指されることがあった。そんな時はむきになって『ジュ・スイ・ジャポネ(私は日本人です)』と言い返した。しかしそんな時アイデンティティーを主張しても彼らにとっては何の意味も持たないのだ。彼らの頭は東洋人=中国人なのだ。我々が日本で金髪の外人を見ると=アメリカ人と思ってしまうのと同じようなものだ。そういえばどんな田舎町に行っても中華レストランは存在する。フランス人がアジア人=中国人と思うのもうなずける。恐るべし中国人パワー・・・。










